1.まやかしの改革
私、中村てつじは、衆議院「郵政民営化に関する特別委員会」委員として100時間以上に及ぶ委員会質疑に参加しました。質疑の中で明らかになったのは、今回の「小泉流」郵政民営法案がまやかしであり、改革の名に値しない法案だということでした。この法案の内容について、マスコミがほとんど報道しなかったことは事実ですが、私が反対をした理由を皆様に知っていただくことが必要だと考え、まとまった形でお伝えをすることにいたしました。
2.巨大独占企業による民業圧迫
私が反対した最大の理由は、巨大独占企業ができ、民業圧迫になることです。
郵貯銀行では預け入れ限度額もなくなりますし、郵便局会社では小さな商店がしている商売もできるようになります。成功すれば、小さな資本で細々とやってきた民間企業がつぶれてしまうことになりますし、失敗すれば、「too big to fail」(大きすぎてつぶせない)ということで、公的資金を投入しなくてはならなくなります。
3.金融改革に逆行する肥大化
(1)「官から民へ」という嘘
郵政民営化によって、「官から民へ」とお金が流れるということを小泉総理は、主張しています。これは、まやかしです。2001年4月からいわゆる「財投改革法」が施行され、郵便貯金(郵貯)や簡易保険(簡保)により集められたお金は、2008年3月末までに市場で運用されるようになっています。
また、財政投融資で使われるお金は、国債(財投債)という債券の形により市場で調達されるようになっています。
つまり、「郵貯や簡保で集められたお金が特殊法人に流れている」という主張は正確ではありません。すでに郵貯・簡保と特殊法人は、市場により分離されているのです。出口改革が進まないのは、財務省理財局が権限を手放さないからです。
ここで、少し言葉の説明をしておきます。財投改革により、財投機関(特殊法人や独立行政法人など)は、原則として、それぞれが債権を市場で発行して資金を調達しなければならなくなりました。このときに市場で発行される債券のことを「財投機関債」といいます。
一方で、名前が紛らわしいのですが「財投債」というものもあります。これは、実は「国債」です。信用力が乏しく財投機関債を発行できない財投機関のために、国が国債を発行して資金を財投機関に回しているのです。これでは、財投機関が自力で資金を集める仕組みは形骸化してしまいます。
民主党は、対案として「天下り禁止法案」と「財投債廃止法案」を提出しています。国が国債を発行してまで財投機関に資金を分けるのかといえば、官僚の天下りを受け入れる先が財投機関だからです。この資金の流れを経つためには、財投債という形で資金を流す仕組みを廃止するしかありません。
(2)本当の改革は国債発行の抑制
国民の資金を「官から民へ」シフトするためには、本質的には、国債の発行を抑制するしかありません。
国は、税という強制徴収権を持っています。国債は、国の信用により元本が保証された債券なので、必ず市場で消化されます。確かに、国債の発行量・流通量が増えると、市場での需給関係により国債の金利が高くなることはありますが、国債の信用以上の信用力を持っている債権は超優良企業の発行する社債ぐらいしかないので、市場の資金は国債に流れることになります。
その結果、国債に流れる分だけ、民間に資金が流れなくなるという現象が起きます。(これを経済学的には、「クラウディングアウト」と言います。)
より具体的に言えば、国債が追加的に発行されることにより、供給が増え、国債市場の金利は高くなります。そうすると、多くの企業の信用力が国債よりも劣っているため、民間企業の社債の市場金利も国債につられて高くなります。そして、社債の市場金利が高くなると、企業は市場で資金を調達しにくくなるということなのです。
このように、郵貯や簡保の資金(約338兆円)を「官」に流さないようにするためには、国債の発行自体を押さえなくてはなりません。しかし、国債は、現実的には増え続けています。国債発行残高は、昨年度(平成16年度)末で約613兆円です(うち財投分124兆円)。また、今年度(平成17年度)発行が予定されている国債は、借換債(103兆円)も含めて7兆円余り増えて、約170兆円に上ります。
本来の意味で、「官から民へ」お金を流すのであれば、郵貯や簡保の規模自体を縮小すればいいはずです。私ならば、郵貯・簡保は、民営化ではなく、縮小・廃止の方向に持って行きます。そのためには、現在1000万円である郵貯の預け入れ限度額を引き下げる政策が必要になります。そうすると、公的関与がしやすい公社形態のほうが適切ということになります。だから、民主党は公社形態を維持しようと主張しているのです。
民主党は、今回のマニフェストで、郵貯の預け入れ限度額を1000万円から500万円に引き下げると打ち出しました。私としては、100万円や300万円というもっと厳しい案を出した方が良いのではないかとも思いましたが、郵貯の預け入れ限度額を下げる際には、国債の管理の問題が出てきます。
現時点で、急激な引き下げを提案すると、国債市場の需給バランスが崩れ、一気に国債が暴落する危険があります。この国債管理を考えると、責任ある数字としてはひとまず500万円ぐらいが妥当だということになるのだと思います。
(3)民業の圧迫
今回の民営化法案により2007年4月に設立される「郵便貯金銀行」には、預け入れ限度額は設けられません。つまり、1000万円を超えて預金ができるようになります。これでは、表向きの説明とは逆に、民営化された郵貯は肥大化していくという方向になります。
民営化後10年間は、国の出資が残るので暗黙の政府保証がつく預金となります。また、都銀7行を合わせた規模の銀行は破綻しかけても大きすぎてつぶせません。つぶれない銀行には、当然、国民からの預金は集中することになります。全国銀行協会が郵政民営化にハッキリと賛成できないのは、郵貯銀行による民業圧迫を考えているからだと考えられます。
4.小さな商店がつぶれる「あすなろ村の惨劇」
小泉流郵政民営化により、郵便局会社では小さな商店がしているような商売もできるようになります。本来、国家の信用力で集めた資金を使って作った巨大独占企業を民営化する場合には、小さな資本で細々とやってきた民間企業がつぶれてしまうことにならないように、競争条件を整える必要があります。
しかし、今回の法案では、そのような点への配慮は全くありませんでした。私は、先輩議員と一緒に国会審議で「あすなろ村の惨劇」という紙芝居をお示ししました。郵便局が小さな商店の商売を横取りし、つぶしてしまう。その上、採算が取れなくなったという理由で、その郵便局が廃止されてしまう。そのころには、商店をしていた人は村を捨てて出て行ってしまっていた。そんなシナリオが現実化します。
小泉政権は、「過疎地から郵便局がなくなるということはありません」と言っていますが、担保は何もありません。規制をかけるといっても、儲からなければ個別の郵便局は、全体のために資本の論理で当然に閉鎖に追い込まれます。
5.公社形態のメリット
郵政事業に関しては、あまり知られていないことですが、他の行政体とは異なり、独立採算制で経営されています。さらに言えば、現時点では、国営ですので、職員の基礎年金国庫負担分350億円(年額)は、売り上げの中から出ていますが、民営化されれば、この年額は一般財源から出ることになるので、一般国民の負担は増えます。
職員のリストラについては、公社になって2年間の間に、正職員26万人のうち、1万2000人がすでに人員削減されています。公社化による改革の効果は、徐々に出てきています。第一期中期経営計画4年を「フェーズ1」「フェーズ2」と2年ずつに分け、今年3月のフェーズ1終了時点で、4年の目標をほぼ達成するなど、民間出身の総裁を迎えた効果もはっきりと見えてきました。
6.小泉政権の真の狙い
おそらく、数年後に公社が定着し、公社化の効果が国民の皆様に明らかになってくると、民営化という話はほとんど出てこなくなるのではないかと思います。しかし、小泉政権は財政改革をできないことから国民の目先をそらすために、「民営化」を唱える必要があります。そのため、無理な形でも「民営化」という名前をとるために今の時期に法案を強行に提出したのでしょう。
結局、小泉政権のしていることは、民主党も含めて反対勢力を「抵抗勢力」とレッテルを貼り、本質的な議論からは逃げて国民を煙に巻こうとしている欺瞞行為です。
国民の皆様には、小泉流郵政民営化法案の本質を知っていただき、この国の主権者として冷静に判断をしていただきたいと願います。
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