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東京大学大学院法学政治学研究科教授 森田朗 氏


2002年3月28日 第154回国会 衆議院憲法調査会地方自治に関する調査小委員会議事録抜粋


会議録抜粋

森田参考人

 森田でございます。

 憲法調査会の地方自治に関する調査小委員会で意見を述べる機会をいただきまして、大変光栄に存じております。どうぞよろしくお願いいたします。

 現在、地方分権は、分権一括法ができました後、進行しているわけでございます。現在も、特に財政問題を中心にいたしまして、地方分権のあり方については大変関心が高まっているところであろうかと思います。そして、地方分権改革推進会議におきましても、活発な審議がこれから進められようとしているところでございます。また、他方では、市町村合併につきましても、全国的に大変大きな動きが出てきているというふうに承知いたしております。

 私自身は、地方分権推進委員会に参与という形で参加させていただきましたし、また、その後を受けました地方分権改革推進会議にも委員という形で参加させていただいております。さらに申し上げますと、旧自治省において設置されておりました市町村合併研究会にもメンバーとして参加いたしました。このような地方分権あるいは市町村合併にかかわった経験からいたしまして、その観点から、地方分権の現状と市町村合併のあり方などにつきまして、もちろん個人的な見解ではございますけれども、意見を述べさせていただきたいと思います。

 お話しいたします順序は、お手元にあろうかと思いますけれども、「分権改革の課題」と書かれておりますこのペーパーに沿って話を進めさせていただきたいと存じます。

 二十世紀の後半、我が国は大変急速な進歩をしたわけでございますけれども、だんだん、社会が発展するにつれまして、その発展を支えてまいりました制度と現実との間に乖離が生じてきたかと思います。その結果、しばしば言われますように、いわゆる制度疲労という状態に陥ったわけでございまして、そのため、一九九〇年代に入りましてから、さまざまな基本的な制度に関する改革が実施されてきた、かように考えております。地方分権改革と申しますのもこうした統治制度改革の一環に位置づけられるものでございまして、日本の国のいわゆる形をつくるという意味では、大変大きな改革であることは申し上げるまでもないかと思います。

 こうしたさまざまな統治制度に関する改革というのは、福祉国家がある段階に達したところから世界的なトレンドとしてこうした改革が進められてきたと考えられるわけでございまして、特に、小さな政府を志向するという形での改革は世界的な傾向として見られるものではないかと思います。地方分権に関する改革というのも、ヨーロッパの自治憲章に見られますように、世界的に地方分権の動きというものも生じてきているのではないかと思います。

 しかしながら、それぞれの国の事情を見てみますと、改革の進め方、どのように改革をしていくかという改革のあり方につきましては、国によってかなり異なっているのではないかと思いますし、また、それぞれの国のこれまでのあり方というものが違っておりますので、いわゆる違った土壌のもとでどのような改革を育てていくかということについては、それぞれの国のあり方というものが異なっているのではないかと思います。外国がこうであるからという形で改革を進めるということはなかなか難しいように思います。

 我が国における地方分権改革は、どちらかといいますと、そうした世界的な分権の流れあるいは行政改革の流れとは別に、固有の要請からスタートしたものというふうに私は考えておりますけれども、その後で、例えば民間でできることは民間へ、地方でできることは地方へと言われますように、行政改革の流れといわば合流してきたというのが今日の分権改革の流れではないか、かように思っております。

 具体的に申し上げますと、地方分権推進委員会は平成七年、一九九五年に設けられました。その後、五次にわたる勧告を通しまして大変大きな成果を上げたものと考えております。
その中でも、特に法制面において、国が地方を統制する強力な仕組みでありました機関委任事務制度が廃止されました。

 ちょっと風邪を引いておりますのでお聞き苦しいところがあろうかと思いますが、お許しいただきたいと思います。

 さらには、国と地方の間のいわゆる法的な紛争についての処理をする仕組み、これは、これまでの上下主従の関係から対等・協力な関係に変わったということでございますけれども、こうした係争処理の仕組みが設けられ、最終的には裁判所において、法解釈をめぐる国と地方の間の紛争の決着をつけるという仕組みが設けられたことは大変大きな変化、成果ではないかと思っております。

 他面におきまして、もう一つの、国が地方に対して統制を及ぼす主要な手段でありますところの財政制度につきましては、この改革に関しては、しばしば指摘されておりますように、必ずしも十分な成果を上げることができなかったというのが正直なところであろうかと思います。

 こうした財政面における改革が進まなかったと評価される理由といたしましては、決してこれは分権推進委員会自体がそうした努力を怠ったからというのではなく、むしろ、分権改革を進めていく途中で生じました、国と地方をあわせた財政事情の悪化というものがこうした改革を非常に困難にしたというのが事実ではなかろうかというふうに思っております。

 まさに、分権推進委員会の最終報告、これは昨年の六月に出されましたが、この最終報告にございますように、不幸にして時を同じくして、国と地方の財政の危機的な状況はその深刻化の度合いを深めてきている、そういう表現がございますけれども、まさに不幸にしてそうした事態に立ち至ったのではないかと思っております。

 分権推進委員会の最終報告では、そうはいいましても、国と地方の間の財政的な関係を改革していくために、税源移譲の具体的な姿も提言しているところは御存じのところではないかと思います。

 分権推進委員会の地方財政のあり方についての考え方、私は決して財政の専門家ではございませんので、詳細についてきちっとした説明をできる能力を持っておりませんけれども、私の理解しているところでは、国と地方の間で、特に地方の方でですけれども、収入と支出の間に大きな乖離がある。公共部門の仕事の六割を地方がしているにもかかわらず、収入は四割しかない。この乖離をやはりなくしていく、できるだけ収支のバランスのとれた状態にするというのが一つの目的であろうかと思います。もう一つは、住民にとっての受益と負担の関係を明確にしていく。それぞれの地域の方が納めた税金によって地方のサービスを実施していく、そういう形に近づけるのが一つの財政面における地方自治の望ましいあり方ではないか、かように考えてきたのが分権推進委員会の立場だろうと思います。

 したがいまして、これまで取り組んでまいりましたのは、国が地方に対して事細かに統制を及ぼしております補助金について整理合理化するという面と、そして、その分については地方が自由に使える一般財源化する、これは交付税に入れるということになろうかと思いますが、そういう措置であるとか、さらにいいますと、一般財源化した段階でも、収入面における地方の自立性というものは十分確保できませんので、そこで、税源移譲することによって、収入と支出のリンク、受益と負担のリンク、結びつきも明確にすることが目指されてきた、かように申し上げてよろしいかと思います。

 しかしながら、現実の問題といたしましては、国、地方の財政というのは密接にかかわっておりますし、さらに申し上げますと、地方間の財政力における格差は相当大きいものがございますので、なかなか実際に、いろいろな面を考慮しながらうまくいく制度を設計するというのは容易ではない、このように考えております。

 ところで、地方分権推進委員会は、昨年の七月の初めにその六年間の任期を終えました。その後、翌日、地方分権改革推進会議がそうした状況で出発したわけでございます。分権推進委員会の最終報告で、さまざまな改革の残された課題というものを書いているわけでございますけれども、分権改革推進会議の方は、それを受けまして、さらに分権改革を進めていくという形で出発したわけでございます。

 しかしながら、分権推進委員会が審議した当時と比べまして、さらに国と地方の財政事情は悪くなってきているわけでございまして、その中で、分権改革会議は、どのような形でこれから地方分権の改革を進めていくのか、それを検討してきたわけでございます。そして、昨年の十二月には、中間論点整理という形で、これまでどういう状況認識をしているかということと、今後の基本的な方針を明らかにしたところであります。

 いずれにいたしましても、財政状況が長期にわたって非常に厳しいというふうに考えられます以上、国と地方で財政の改革をする、歳出を抑制する、あるいは効率化を図るということが課題になっているわけでございまして、現在、地方分権改革推進会議の認識といたしましては、地方の支出を減らすとか、あるいは地方の行政改革を行って効率化を進めるといたしましても、現実におきましては国によるさまざまな事務事業の義務づけというものが相当ございますので、それがある以上、なかなか地方の自律的な行政改革は進めることが難しい。

 例えば、必置規制でありますとか、あるいは公共事業に伴う地方の負担でありますとか、その他の制度、いろいろございます。そうしたものを改革していく、いわゆる地方が自分たちで行政改革ができるような、そうした制度面の環境整備を行うというのが現在取り組んでいるところであると申し上げてよろしいかと思います。

 もちろん、他方におきまして、財政制度についても、これは重要な課題ですし、審議をしていく予定でおりますけれども、申し上げるまでもなく、交付税制度は従来のままの形で今後維持していくことは大変難しいと思われますし、また、地方における行政改革をさらに進めるべきという声もございます。

 そうした中で、税財源の制度を含めまして、地方の財政制度についての見直しも必至であるというふうに考えられますけれども、これにつきましては、御存じのとおり、国の税制、あるいは国の財政のさまざまな制度と密接に関連しておりますので、これはそのほかの審議機関の審議状況を勘案しながら進めていくというのが現在の状況でございます。

 いずれにいたしましても、財政の問題を含めまして、これから分権改革会議は、特に事務事業の見直しに焦点を当てて進めていく予定でおります。

 ところで、分権改革の状況はそのようなものだといたしますと、他方におきまして、市町村合併というのも、特にここ二、三年、急速に皆さんの関心に上り、そして現実にその動きが出てきております。そこで、市町村合併の話に次に入らせていただきたいと思います。

 現在、市町村合併が進められております理由は、今申し上げましたような非常に厳しい、当面なかなか好転が見込めないような財政事情のもとで、市町村が将来にわたって行政サービスの水準をできる限り維持していくためには、やはり市町村が相当基礎的な行財政の能力を身につけていくということが必要である。そのような観点から見たとき、現在の市町村、特に小規模な市町村に関していいますと、規模の観点からいって、それが非常に難しいのではないか。そこで、合併というものが非常に有力な方策として考えられる、これが第一の理由ではないかと思います。

 もちろん、現在急速に関心が進んできておることにつきましては、こうした事情についての理解が進んできたということもございますけれども、もう一つは、合併に伴う財政的な優遇措置が市町村合併特例法で定められておりますけれども、その期限が平成十七年、二〇〇五年の三月で切れるという事情についての認識が進んだこともあろうかと思います。

 市町村の合併は、今申し上げましたように、財政的な理由がかなり大きなものであると思いますけれども、もちろんそれだけではございません。市町村区域の拡大の必要性は戦後ずっと言われてきたわけでございまして、特に、戦後の高度成長期を経て生じましたモータリゼーション、自動車の普及、道路の整備、これは地域に住んでいらっしゃる方の生活圏、行動圏を著しく拡大したというふうに考えられます。こうした生活圏、行動圏の広域化に対応するためには、それに適した形での市町村のあり方というものも検討すべきであるということになろうかと思います。

 また、そうした積極的な理由に反しまして、今度は消極的な理由といたしましては、二〇〇六年をピークといたしまして、我が国の人口は減少を始めます。その過程で、特に高齢化が進行すると同時に、現在言われておりますように、産業の空洞化というものも進んでいく可能性がある。そうした状況におきまして、地方自治体として行政サービスを維持していく、その供給を確保していくためには、少なくとも行政活動の効率化、行財政能力の今以上の強化は避けがたいことである、このような理由があろうかと思います。

 ただ、一般論としてそのように申し上げることはできますけれども、我が国の市町村のあり方は、その規模におきましても、あるいはその行財政の能力におきましても、またそれぞれが置かれております地域的な環境におきましても、大変大きな格差、差異がございます。したがいまして、一般論として、合併がこうした課題に対する有効な解決策である、そのように言うことができるといたしましても、決して合併をすればすべてが解決するといったような意味での万能薬ではございません。これは申し上げるまでもないことかと思いますが。

 したがいまして、市町村の合併を推進していく、あるいは具体的な合併のあり方を考えていくときには、それぞれの地域に応じて、それぞれの具体的な市町村の状況に応じてきめ細かく対応をしていく必要があるのではないかと考えております。

 そういう観点から申し上げますと、少なくとも、全国的にどのような規模にするか、数値目標を掲げるということは、それなりに努力の目標として、あるいは合併後の姿を示すという意味で意味があろうかと思いますけれども、数値目標の達成のみを目指して合併を推進していく、そしてその数値目標を達成したことをもって課題が解決した、このように評価することは必ずしも望ましいことではない、かように考えております。

 それでは、市町村には非常に多様な形態がある、格差があるというふうに申し上げましたけれども、それをどのように理解すべきなのか。人口規模であるとか、都市部に置かれているか、農村部に置かれているか、あるいはその財政的な力いかん、いろいろあるというふうに申し上げましたけれども、少なくとも合併に関して申し上げますと、私自身は、大体四つの類型、タイプというものが想定できるのではないかと考えております。

 第一のタイプは、既に人口数十万の規模を持つ都市が、周辺の市町村と合併をする、あるいは同等規模の市と合併をすることによって、政令指定都市を目指す、あるいは中核市の場合もあろうかと思いますけれども、そうした大規模な都市を目指す型でございます。これは、それぞれ力を既に持っている都市が合併によってさらに体力を強化し、分権の時代にあって権限の受け皿としてその役割を拡大していこうというものであって、これも望ましいことであろうかと思います。

 第二のタイプは、東京、大阪あるいは名古屋といった大都市圏の周辺部に置かれております市町村の場合でございます。

 これらの市町村は、以前はそれぞれ自立したコミュニティーが存在していたのかもしれませんけれども、都市化が拡大するにつれまして、いわば大都市の周辺地域として都市圏の中にのみ込まれてしまっている、位置づけられるようになってしまったところでございます。こういうところは、人口はかなり多く、反面、面積は狭隘であり、さらに申し上げますと、市街地が連檐をしている。こういう地域に関して言いますと、小さな単位で行政を行うよりは、より大きな単位にして行政を進めていった方が、地域の町づくり、特に交通面であるとか都市施設に関して言いますと合理的なのではないかというふうに考えられているわけでございます。

 第三のタイプは、地方都市。

 地方都市といってもいろいろございますけれども、地方の中核的な都市があり、その都市が周辺部の町村を編入して大きな単位になるというケースでございます。これは全国でかなりの数が見られるのではないかと思っております。

 こうした都市も、以前はそれぞれが自立した自治体として存立していたのかもしれませんけれども、今日では、特にモータリゼーションの進行によりまして一体化した都市圏をつくっている。そして、周辺部の町村に住んでいらっしゃる方も、通勤通学、買い物等では中心部の都市へ出てくるということが日常的になってきている。こうしたところは、それこそ、都市施設であれ、あるいはいろいろな意味での町づくりであれ、あるいは行政能力の水準を維持するという観点からも、より大きな単位となることが望ましいのではないかというふうに考えられる、そうしたタイプでございます。

 四番目のタイプは、それらのいずれにも入らない中山間地域の小規模町村でございまして、後に申し上げますけれども、こうした地域における小規模町村というのが、むしろこれからの日本の地方自治にとって大変大きな問題であろうかと思います。

 そうした地域における行政サービスを確保し、強化していくためには、そうした市町村の行財政能力を維持強化していくことがどうしても必要ではないかと思われますし、そうすることによって分権の受け皿といいましょうか、それぞれが自律的な行政活動を展開する上でも規模を大きくすることが望ましいというふうに考えられるのではないかと思っております。

 さらに申し上げますと、それ以外に、例えば単一の市町村から成り立っております、本土あるいは隣接する大きな島から離れた小さな島のような地域に関して言いますと、そもそも合併ということ自体が非常に難しいし、非現実的であるところもございます。こうした地域についてこれからどうしていくのかということも大きな問題ですけれども、合併の対象としては、そういうところはまさに別に扱う必要があるのではないか、かように考えております。

 ところで、今、四つの類型について粗っぽくお話ししてまいりましたけれども、この中で最も重要であり、問題が深刻なのは、やはりその第四の中山間地域に置かれている小規模町村の場合であろうと思います。

 これらの町村に関して言いますと、人口の減少がこれから急速に進むと考えられますし、もちろん高齢化も進んでまいります。そして、現時点におきましても、財政的な能力は必ずしも高くはないわけでございます。しかしながら、戦後の我が国の発展の過程におきましては、こうした中山間地域の町村が都市部の発展を支え、また山林を中心とする多くの環境を守ってきたことも間違いないわけでございまして、こうしたところがだんだん衰退していくということ、これ自体大変ゆゆしき問題であろうかと思いますし、それをどういう形でこれから支えていくのか、いかなければならないのかを真剣に考える必要があるのではないかなと思っております。

 そこで、こうした地域については合併を強力に考えていただくことが必要であろうかと思いますけれども、こうした地域に関して言いますと、後でも触れますけれども、さまざまな理由でもってなかなか合併が難しいという事情もございます。また、さらに申し上げますと、一定規模までの合併を考えた場合には、かなり広い面積をカバーすることになるものですから、それ自体が非常に難しいといたしますと、合併をしたとしても、現実に十分な財政的、行政的な能力の向上が見られるかどうか、これについても、必ずしもそうとは言い切れないところもかなりあるわけでございます。

 他方、こうした中山間地域の小規模町村と対照的なのが、政令市を初めとする大都市の場合であろうかと思います。こちらの方は政令市の要件が緩和されるそうでございまして、最近では、例えば静岡県の静岡市のように、大都市が政令市を目指した形での合併というものがかなりあちこちで言われるようになってまいりました。これは、先ほども申し上げましたように、地方分権の受け皿としての観点からも、こうした合併は大いに進められるべきではないかというふうに思っております。

 いずれにいたしましても、今申し上げましたように、我が国の地方自治体のあり方、市町村のあり方は実に多様でございまして、こうした多様性というものを考慮したときに、今進められております合併推進のあり方は一律的なものでございまして、若干、その進め方としては粗いやり方ではないかなという気がしないでもございません。二十一世紀の少なくとも前半の我が国の地域社会のあり方、その地域社会の形をつくるという観点から見たときには、こうした地域の事情に応じた形でのもう少しきめ細かい対応というものが必要なのではないか、かように考えております。

 そこで、どのような問題があるかということでございますけれども、私自身は、こうした政府が中心になっております合併推進のあり方、これは後に申し上げますように、いろいろと批判もあるところでございますけれども、こうした推進のあり方につきましては、少なくとも、これまでの市町村の関係者の方の意識であるとかこれまでの雰囲気というものを考えた場合には、現状がどうであり、これからどうなるのかということを周知して、そして強力な合併のためのキャンペーンを進めていくということ、この必要性そのものは否定できないのではないかなというふうに思っております。

 しかしながら、これまで進めてまいりましたような、とにかく合併を考えていただきたい、合併をしていただきたいというような形での一律な推進策ということに関しては、今も申し上げましたように、若干疑問がないわけではございません。特に現段階で、次第に合併についての関心が高まり、具体的な問題としてそれぞれの市町村が検討され始めている段階に至りましては、これからはよりきめ細かく対応する必要があるのではないかと思います。

 少し具体的に申し上げますと、第一点といたしましては、これまでの合併推進の進め方は、市町村の規模にかかわらず合併の推進を図っているわけでございまして、先ほど申し上げましたように、合併が必要とされる理由もあるいはその効果にいたしましても非常にばらつきがあるわけでございますので、一律にただ合併をすればかなり効果があるというのは、必ずしもいいやり方ではないのではないかと思っております。特に政令指定都市を目指すような大規模な都市に関して言いますと、国が小さいところと同じような形で支援をするのではなしに、これはまさに自主的な判断にむしろお任せするべきではないかな、かように考えております。

 それと関連いたしまして、第二の点でございますけれども、現在、合併推進の動きが活発になってきている理由といたしましては、冒頭にも申し上げましたように、特例法によります財政上の優遇措置というものがかなり強いインセンティブになっているというふうに考えられます。これは、合併をしたすべての都市、政令指定都市を志向する大都市に対しても、あるいは小規模な町村に対しても適用されるわけでございますけれども、国自体の財政難が理由で合併の推進を図るときに、かなりの優遇策ではないかという気がいたしまして、これももう少し重点的な、きめ細かい配慮がこれからは必要ではないかなという気がしております。

 また、こうした財政的な特例措置があるものですから、それのインセンティブの効果が非常に効いているという意味ではそうなんでしょうけれども、この財政上の優遇措置を目当てに合併を進めていこう、特にそれが、相当の力を持った市等の場合には、地方分権といい、これからは地方の時代であり、地方自治の担い手として、そういう意識をお持ちの市としては、そうした財政上の優遇措置を目当てにして合併を目指すという動きがあるといたしますと、それはまたいかがなものかという気がしないでもございません。

 第三番目に、これも先ほど申し上げたことにかかわりますけれども、現在、大体千ぐらいの自治体の数にするという、千という数値がかなり強く言われているような気がいたします。先ほども申し上げましたように、合併を推進し、大体現在の三倍ぐらいの規模にする、あるいは千ぐらいの数にするということなのでございますけれども、その数字だけがひとり歩きするという状況になりますと、これまた余り望ましいことではないなと思っております。

 例えば、だんだんこの合併の動きが加速度を増しまして、都市部の大きなところ、豊かなところがどんどん合併を進めていく。他方で、本来、一番問題が深刻でありますところの小規模な自治体の方が取り残されてしまう。それでも、数の上では目標を達成するというような事態になりますと、これはそれでいいのかどうか。数値目標自体を否定するつもりはございませんけれども、それがひとり歩きする危険性というものはやはり気をつけなければいけないのではないかな、かように思っているところでございます。

 以上が、合併の進め方について若干疑問点も含めて申し上げてまいりましたけれども、他方におきましては、今度は、合併することそれ自体について反対の観点、あるいは消極的なお考えというものもかなり聞かれます。最近、特に合併の動きが具体化してまいりますと、こうした合併の進め方、あるいは合併のあり方についての批判的な意見というものも、かなりあちこちの雑誌、論文等で見られるようになってきたかと思っております。この辺についても私の考え方を少し述べさせていただきたいと存じます。

 まず、一番最初に申し上げておきたいのは、この合併の推進の仕方についての批判でございますけれども、国が主導してかなり強引なやり方で推進をしているのではないか、これが地方分権あるいは地方自治の理念ないし方向に反するのではないかという批判でございます。

 もちろん、原則は自主的な合併でございますけれども、かなりの、先ほど申し上げましたような財政上の期限を切った優遇措置を設け、他方におきましては、交付税の段階補正の見直しというようなことが行われている。こうしたやり方が果たして地方自治、地方分権の方向、考え方に沿うものかどうか、こういう批判でございます。

 これについては、確かにそうした御意見についてはもっともなところがあろうかと思いますけれども、現在、我が国の地方自治あるいは地方自治体が直面している問題は、国全体がこれからかなり厳しい状況になるときに、今までに近い形での市町村の行政活動というものを続けていかなければならない。これは、一部の市町村だけが自主的に合併し問題を解決すればいいという話ではなくて、国の全部が、あるいはすべての市町村が、ある意味でいいますとその対象になるような課題なわけでございます。

 したがいまして、今、自主的な合併を原則として合併が進められること自体は大いに結構ですけれども、合併を望みながらもいわばそのパートナーが見つからないような市町村が出てきた場合には、そちらは大変気の毒なことになりかねないわけでございまして、そういうことがないように、国全体が、すべての市町村が平均して全般的に行財政の能力を強化できるような形で、例えて言いますと、ジグソーパズルのように、すき間もなく重なるところもなく新しい自治体の形がつくられる、これが目指されているところではないかなというふうに思っております。

 そういう観点から申し上げますと、やはり国あるいは都道府県がそれ相当の役割を果たすということも必要なのではないかな、かように考えているところでございます。

 二番目といたしまして、この合併の問題が出てきた当初から出てくる批判、反論でございますけれども、合併がそれぞれこれまで築かれてきた地域のコミュニティー、共同体というものを壊すことになるのではないか。これまで、それぞれの自治体は、地域としての一体感、帰属意識を持ち、そして地域社会をよりよいものにしていくために営々と努力を重ねてこられたところが多いわけでございまして、そうした単位そのものを変えてしまうということになりますと、そうした共同体の基盤そのものを変更し、失わせることになるのではないかということでございます。

 これは、地方自治というものが民主主義と結びつき、そして地域住民が身近なところの政府に参加をするというのが自治の原点であるといたしますと、確かに、政府を遠いところに持っていくという意味での合併の推進に対しては、これは相当問題がある、そのような批判が出てくるのも無理からぬところがあろうかと思います。私自身は、確かにそうした可能性を否定するものではございませんけれども、現在求められておりますのは、住民の参加あるいは民主主義、自治という観点からの自治体だけではなくて、住民に対してかなり高度で多様な行政サービスの供給主体をどうしていくかという話でございます。

 そういう意味でいいますと、一つの価値だけに焦点を当ててその是非を問うというよりも、さまざまな価値の間のバランスを考えながら最適な規模というものを考えていく必要があるのではないか、かように考えるわけでございます。そうした考え、観点からいいますと、もちろん、いろいろな意味で地域の自律性、地域のコミュニティーを生かすという制度的な工夫を目いっぱいするということが前提になりますけれども、行政サービスの供給のあり方についても十分な配慮をする必要がある。そうした観点から合併というものを考えるべきではないか、かように考えているわけでございます。

 さらに申し上げますと、現在、共同体としてつくられております市町村というのは、多くは昭和の大合併の後つくられた単位でございまして、社会の変化あるいは住民の意識の変化によってコミュニティー、共同体そのものも変わり得るし、それは自治のあり方も変えていくのではないかな、かように考えています。まさに自動車と、それこそ現在ではインターネットの時代における住民、自治体のあり方というもの、これはかつての閉鎖的な共同社会と同等に見るということは必ずしも適していないのではないかということでございます。

 三番目の論点に入らせていただきます。

 今申し上げた点ともかかわりますけれども、先ほど申し上げました、合併すると面積が大変大きくなるような地域であるとか、あるいは合併したとしましても、例えば人口一万の規模に拡大するとしますと非常に広大な地域をカバーすることになって、それ自体、自治体として成立しがたいような、そういう地域もないわけではございません。そういうところをどうするかということでございます。

 これにつきましては本当に難しい問題だと思いますけれども、現在いろいろ議論されているところでは、例えば広域連合という広域行政の仕組みがございますけれども、そうしたものをむしろ活用すべきではないか。あるいは、そうした小規模な町村が担い切れないような事務に関しては、都道府県がそれを代行するという仕組みはどうか。そうしたことがいろいろと言われるようになってきているかと思います。

 実は、この広域連合あるいは広域行政の仕組みに関して言いますと、もう数年前になりますけれども、市町村合併研究会におきましてはかなり活発な議論が展開されました。現状の広域連合の仕組みでは、実際の行政の効率化であるとか行財政能力の強化にどれくらい貢献するのか。これについては、実際にそれに参加していらっしゃるような方はかなり否定的な見解を述べられたわけでございます。他方におきましては、広域的な課題が出てくる中で、そうした仕組みを活用することが必要ではないかということもかなり言われました。

 私自身は、この広域連合という仕組みにつきましては、ある程度の規模で合併を進めたとしましても、それでは不十分なような、さらに広域的な事務というものもかなりあろうかと思いますので、そうしたものについては広域連合のような仕組みを活用していくということは大いに望ましいことではないかと思います。これは決して合併とトレードオフの関係になるとは考えておりません。

 また、先ほど申し上げましたように、今度は、県とか国が市町村の事務を肩がわりするというやり方についてはどうか。これについても、これからいろいろな検討の中でそうした役割を都道府県に期待せざるを得ないのではないかなというふうに考えておりますけれども、安易にそうした形での代行をして、合併が無理であるというふうに考えるその考え方は、そもそも市町村で行っていることはできるだけ自律的に行えるようにする、自己決定を原則にする、さらに言いますと、そこでさまざまな国の縦割りの壁を取り払って、総合的な行政が行えるようする、そうしたこれまでの地方分権の考え方とは必ずしも方向を同一にしないわけでございまして、その辺についてどのように整理していくのか、これはまた残された課題ではないか、かように思っているところでございます。

 ところで、今、最後の論点で触れましたけれども、今申し上げましたように、市町村の合併、現在ではほぼ六三%の市町村がそれに何らかの検討を始めているそうでございますけれども、そうした状況で合併が進行してまいりますと、当然のことながら、市町村のユニットを変えるというだけではなしに、都道府県のあり方にも大変大きな影響を及ぼしてくると考えられるわけでございます。

 多くの権限移譲を受けた中核市であるとか政令市というものが幾つかできてまいりますと、そうした都市を含んでおります都道府県は役割がだんだん縮小してくるのではないか、空洞化してくるのではないかということが懸念されるわけでございますし、他方、小規模の町村を多く抱える道府県の場合には、むしろそうした道府県の役割というものがこれからますます大きくなってくる可能性もあるか、かように思われます。

 しかも、さらに申し上げますと、前者の、だんだん都道府県の役割が縮小してくるような県というのは、現在でも、都市部に置かれております、規模が大きく豊かな県であり、他方、これから役割がますます重要になってくるのではないかと考えられる県というのは、むしろ農村部にあります、規模の小さな県ということにもなりかねません。そうした観点からいいますと、都道府県のこれからのあり方、これをどのように再編していくのか、これ自体がアジェンダとして上がってきておりますけれども、これも大変難しい問題であろうかと思いますので、少なくとも、余り慌てて結論を出すというよりも、いろいろな問題点について慎重に配慮しながら検討していく必要があるのではないかと思っております。

 時間が参りましたので、これくらいにさせていただきたいと思います。憲法調査会ということで、憲法の第八章についてどういうことかという問題もあろうかと思いますけれども、それはまた御質問でもあればお答えさせていただきたいと思います。

 以上でございます。(拍手)

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